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貧乏暮らしと教養

宗教学者の山折哲雄氏が、鴨長明、西行、良寛ほか隠者に学ぶ「一人で生きること」の尊さ について、そのお考えを著されたものを読み、共感しましたので、以下、自分のために、記憶しておきたいと思います。

山折氏は、鴨長明から良寛に至る隠遁者たちが、まず、いかに教養高い方々であったかの説明をしています。
彼らの生活は、
「徹底した 貧乏暮らしから始まり、ひとり暮らしへと、なだらかにつながっていました。
貧乏暮らし と ひとり暮らしを重ねるところから、新しい価値、人間としての本当の教養を引き出すことができるのではないか」
としています。

では、「貧乏暮らし」とは何か? 

日本語の「貧乏」という言葉は、実は豊かな言葉であり、poorとは違う。
「貧乏くじを引く」という表現は日本語独特で、「誰かの為に、あえて我が身を捨てる」という味わいもあるようです。
改めて思い出すと、「貧乏神」という神さまにも、どこか愛嬌があるように思えます。
さて、山折氏は、貧乏暮らしや、ひとり暮らしの基本となる心構え3つをあげています。

1、出前精神 : どこへでも自分から出て行く、自分を出前する精神。
2.、手作り  :  足りないものは、自分で作らなければならない。 
   どんなに便利なものがあっても、結局は自分の手足を使う事が必要。
3.、身銭を切る: 貧乏は貧乏なりに、身を切る。
 なけなしの銭でも、自分で使うこと。(安酒を飲んで元気をつける というのも)

逆に、誰かに来てもらう、出来合いのものを使う、会社の経費や税金のサービスをあてにする ・・・ここからは、何も生まれない。
この 貧乏暮らしの三原則が、「一人の哲学」を生み出す上でのスタートラインではないか。

また、「一人の哲学」に大切な もう一つの考え:「一人のライフスタイル」、つまり、
一人で立つ、一人で歩く、一人で座る、一人で考える を絶えず意識していないと、一人で生きることの意味を確かめる事はできないし、「一人の哲学」を生み出すことはできない。
まず、一人で立ち、一人を生きる姿勢があってはじめて、助け合いや絆がうまれてくるはず。

・・・・と、いうのです。
 最後に、氏は、こう結んでいました。
 「貧乏は、するものではない。味わうものだ。」
 「一人暮らしは、するものではない。 味わうものだ」
   
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ギアーチェンジ

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想 像 力

非常に危険な戦地に赴く息子に、父は「学識ある者は、富を身につけている。」と言って送り出したという話を聞いた事があります。
恐らくその父は、息子が身につけた学識で、臨機応変に適切な判断をして、なんとか生還してほしい。その学識こそ、どんな金品や武器にも勝る”生き残る為の富”なのだ。という事が言いたかったのでしょう。

私共は、仕事上、”危険予知”という言葉をよく使います。 子供が事故に遭わないように、従業員がケガをしないように、会社が倒産しないように、指導する・警告する・手を打つ といった事は全て、今、目の前にある、見聞きできることだけでなく、数秒先やもうちょっと先に起こるかもしれない事を、想像する力が働いているように思います。
少しだけ先を想像できる力は、ケガや事故の防止だけでなく、相手の立場を想像して、お客さんの感じ方が想像できるのです。”プラスアルファー”の創造的な良い仕事をするには必須です。

そして、その想像ができる力というのは、色々な智恵・知識、つまり学ぶところから湧き出てくると私は思います。 ノーベル平和賞最有力候補と目される16歳のパキスタンの少女:マララさんが、教育の大切さを訴える姿を知ると、誰でもいつでも 自由にお手軽に学べる 今の日本の環境の有り難さを感じずにはおれません。 私は、いつの頃からか、「もう勉強はいいだろ」と、自分を慰めるかのように思い始めていましたが、我々人間は、いくつになっても、何かしら学び続けて、想像力を高め続けて行かなければいけないと思います。 
もはや、高等な学びではないにしても、これからは”こちらの富”を増やしていく心がけ って大切ですよね。
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日 本 人

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mame.gif2020年のオリンピック開催地が、東京に決定した時、実に嬉しかったですね。
前回の挑戦を非常に白けて見ていた私ですが、今回は、東京招致団の地道で団結した活動を、ドキドキハラハラ応援していました。

終盤で行われた各招致団への質疑応答の中で、「他の国々ではドーピング使用が頻繁に問題になるが、日本人アスリートでドーピング問題がほとんど存在しないのはなぜか?」 という質問がありました。
答えたのは、日本人アスリートとして フェンシングの太田選手で、「ズルをしてまで勝ちたいとは思わない。なぜと言われても、それが日本人なのだとしか言いようがない」と答えた様子を拝見しました。

このやりとりは、もしかしたら、質問者にとっては、回答になっていなかったかもしれないのですが、私には、オリンピックとは関係なく、実に爽やかにわかりやすく”日本人”が自覚できた瞬間でした。

前回の当ブログで、第2次大戦直後ロシアによって強制連行され、ナヴォイ劇場の建設に当たられた元日本軍の方々の功績に触れましたが、私はあの方々に対して、一人思いめぐらす事があったのです。
それは、
死と隣り合わせの飢えや病気の状態で、まじめに仕事をしても、日本へ帰れる保証は何ひとつない。そんな中で、何があの方々を、勤勉実直な働きに駆り立てたのだろう、今どきの日本人があの状況下で同じ境遇になったら、同じような行動をとるだろうか・・・???。ということでした。
でも、太田選手の発言を聞いて思ったのです。
あくまでも私の考えですが、何がそうさせたのか、ではなくて、日本人だから、日本人なら普通に、当たり前にするように、厳しい境遇下でも自然体で普通に思い、行動されたのではないのだろうか。 と思ったのです。

従来の、もの言わない日本人、伝えようとしない日本人のイメージとは違い、大いにアピールする東京オリンピック招致団の最終プレゼン内容を聴いて、私は、東京としてアピールされていた点というのは、他の国、国民性では、ありえなかったり、珍しい事であり、日本人として誇って良い事であり、大切に引継がれていかれなければならないDNAだと思います。

まじめに誠実に仕事をすること
ルールをみんなで守ること
事に当たっては、辛抱強く、絆強く・団結すること
きちんとしていること、人に見られて恥ずかしいような事をしない、言わない。などなど。

そんなもん、当ったり前やん!と思うことですが、これが大事、日本人ひとり一人がそのように行動する事で、”日本人”が脈々と引き継がれていくのですね。 
        
          
           
            
              
             
               
         
             
              
     

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勤 勉 実 直

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           中央アジアの国 ウズベキスタン共和国の首都:タシュケントにあるナヴォイ劇場

屋根工事に従事する私共は、就業時間中に雨が降るかもしれないからと言って、その日の現場進行を止め続ける訳にいきません。午前中や昼間の、短時間の雨が続いた今年初夏は、特に現場担当者は対応に苦心しました。

先日は、正午頃の雨を見越して、職人全員が早朝から作業を開始しましたが、途中3時間のどしゃ降りが上がるのを現場で待つ事になりました。作業を再開する際、現場責任者が、「今日の予定の工事分まで進めると、終業時間が遅れると思う。用のある人は早めに申し出てほしい」と言いましたが、申し出た人は1人もいません。当日の予定の進行分を全員で遂行するとのことでした。 途中、夕方5時頃、現場より「順調です。全員めちゃめちゃ集中して頑張っています。」との速報があり、結局、その日の業務分に加え、プラスアルファの作業までも進めて、遅れが予想された時間より早く、全員が、シャーっと、鮮やかに帰社して参りました。  
職人が、(作業服は濡れても)さわやかに帰宅の途に就いた後、日頃、”キッタハッタ”の現場でのやり取りや、立場上、苦言を呈する事の多い現場責任者が、「みんな えぇ職人です。ようやってくれます。」と、ひとりつぶやくのを聞くと、私も胸が熱くなります。 指示されたり、強制されなくても、一人ひとりに染み付いている勤勉さ・まじめさは共通言語であり、それらが個々の判断につながる。お互いの言葉なくしても通じ合えるこういう感覚は、老いも若きも、我々の仕事に対する最低限のプライドであり、物件を無事完成に導く大きな要素です。
・・・こういう時に、思い出すことがあります。

中央アジアに属する ウズベキスタン共和国 (旧ソ連領) にある”ナヴォイ劇場”を建設した日本人にまつわるエピソードです。
このレンガ造りビザンチン様式の美しい劇場は、「1945年~1946年、(戦争が終わったにもかかわらず、ソ連によって)捕虜としてこの地に強制移送された日本人によって建設された。」と、建物の壁面プレートに、日本語を含む4カ国語で記されているそうです。
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この”日本人”とは、当時25歳だった永田行夫 元陸軍技術大尉率いる450人からなるタシュケント第4ラーゲリー隊の、元日本兵の方々だそうです。食糧は常に不足して、寒さ・病気など強制労働の過酷な状況で、これだけ荘厳で頑強な建物を、しかも工期を大幅に短縮して完成させたのでした。

ウズベキスタンの現大統領は子供の頃、お母さんにこの工事現場へたびたび連れて行かれ、「自分たちが知っている人は現場監督がいなくなったらサボるが、日本人は、誰も見ていなくても一生懸命働いている。お前も、日本人のようによく働く人間になりなさい。そして人の為、国の為になりなさい。」と教えられたと、聞いた事があります。
現大統領だけでなく、当時多くの現地の人々が、日本人のまじめで実直な様子に、好意と尊敬の念を持ち、道徳的規範として語り継がれたのです。その後、建築から20年後の1966年に、マグニチュード8.0の大地震が、当地を直撃し、町全体が壊滅した状況で、唯一無傷で残っていたのは、ナヴォイ劇場でした。
改めて日本人の誠実さを痛感した、ウズべキスタンの方々は、国をあげての大の親日であり、今なお”日本人”に対して敬意をもって接しています。

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            内部の細かい装飾は、つくり手の高い精神性を表わしているようです。
 
ナヴォイ劇場建設に関わった多くの、高貴な精神の”日本人”の方々のDNAは、70余年たって、すっかりアメリカの構想通りに教育されてしまった”今の日本人”の中にも、必ずやどこかに受け継がれていると思いたいではありませんか。
70余年たっても異国で語り継がれるほどの、過酷な状況下での勤勉実直さと、その成果物というほど、偉業ではなくても、職業として平和に業務に就いている我々は、日々の仕事・業務の中でも、勤勉・実直と、見た目の”業務”を越えたプラスアルファーの誠実さ を、日本人として大事に、誇りに思い、どんな仕事にも臨んでゆきたいものだと思います。



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                  ウズベキスタン共和国の紙幣にも、ナヴォイ劇場が印刷されています。

          
   
       
                   

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存 在 証 明

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ウチでは毎年、この時季になるとこのようにスモモの実がたくさん成りますが、甘くジューシーなものをきれいな状態で収穫できる事は、極少です。
野菜でもお肉でも果物でも魚でも、おいしく見た目もきれいで安全な食品を、ふつう口にできる奇跡をつくづく思ってしまう訳です。
そして、農林水産業の方々の日々のご努力と研鑽への尊敬と共に、かわら屋は考えるのです。

私なり、企業なりが、曲がりなりにも”今”ここに”存在”している事に至る経緯を思えば、それはそれで”奇跡”なのです。
小さな奇跡が積み重なり、そして存在しているのですから、存在証明をしなくてはなりません。

存在証明と言えば、あの80歳でエベレスト登頂に成功された冒険家の三浦雄一郎さんとは、まさに生涯をかけて、人生の一瞬・一瞬すべてを、その存在証明に懸けている、まさに”命がけの存在証明人”と、言えるのではないでしょうか。
あの方の日常を知ると、存在証明って、こういうことなんだ・・。と思えます。

奇跡として存在しているなら、その証明として、成果や良いパワーやメッセージを発していなければならないし、また、そうしているから存在している意義があると言えるのだな。って思います。
振り返って、私は・・・、弊社は・・・、かわら屋として、真摯に存在証明を続けているだろうか・・・?。と、かわら屋は思うのです。 
たくさんある企業の中に混じって弊社も、かわら屋とし”存在”させて頂いている以上、三浦雄一郎さんや農林水産業の方々のように、キラッと光る成果や良いパワーやメッセージを、他から感じてもらえる会社でないといないと思います。
その為の日々の過ごし方、律し方、大事だな。・・・って、暑いですが、思うんです。

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Mens bene discendo alitur 心はよく学ぶことによって培われる

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「D'où venons-nous? Que sommes-nous? Où allons-nous? われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」
。。。。。。。。 1897年キャンバス、油絵139.1 × 374.6 cmボストン美術館

我々は誰だったのか、我々は何になったのか、
我々はどこにいたのか、我々はどこに投げ込まれたのか、
我々はどこに向かうのか、我々はどこから解放されるのか。
誕生とは何か、再生とは何か。

             (2世紀キリスト教グノーシス主義者・テオドトス)


ああ、哀れな者たち、学べ、そして事物の理をも知っておけ。
我々は何なのか、何を生きるべく生まれてくるのか、
どのような(人生の)順序が与えられているのか、
その穏やかな終点はどこにあって、どうすれば到達できるのか。

財産の適量はいかほどか、何を望むべきか。
無慈悲な金銭にいかなる益があるのか、
祖国や愛する近親者にどれほどの金額を贈与するべきか、
神は君にどのような者あれと命じたのか、そして本当のところ
君は人間世界のどの部分におかれているのか。

             (1世紀ローマの詩人・ペルシウス「風刺詩集」3.66-72)

      
      
     
。。。。。。。。。。。。。。。。line4.gif これだ・・・。
                
   
   
      
     
      
      
      
      

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 親友のお父さんで中学の頃から存知上げている経営者がおられます。
会えば親しく話しかけて頂けますが、親ほど年齢が上の大先輩で、多国籍企業のCEOなので、私にとっては、めったにお会いできないほど超多忙な尊敬する方です。
ふり返ると、35年を超える中で、2度、講演を拝聴した程度だったので、勇退されるまでに一度じっくりと経営のお話をお聞きしたいなぁ、と、今年正月、頂いた年賀状を見て思いました。

すると3月、思いがけずお会いし、4月にはもっと思いがけず、不思議なご縁で、弊社に屋根工事をご用命頂くことになりました。 そこで、会社訪問して、私の永年お聞きしたかったこと、教えてほしかった事などについてお時間を割いて頂き、私としては存分にお話を伺う事ができたのです。

さらに今、その方にとって非常に深い意味のある屋根工事を実際に弊社が遂行しております。
この間、(先方がお忙しいので)数回のEメールのやりとりも含め、ことばと文面、そして行間から、私は非常に多くの事を感じ、大切なことを学ばせて頂いています。

そして、この9月には、その方が会社経営を退かれる事を知り、私は、この時、この状況で、通常ではビジネス上何ら関係のなかったこちらの経営者から、いろいろなメッセージを託されているような気がして、その解釈、昇華させるのに、今また、さらに”時”を要しているのが現状です。
 
おそらくその方は、実際のところ、今は自社の事業継承に向けて、ご高齢の全身全霊を傾けておられて、私に何かを託すようなことは考えておられないはずですが、天とか大自然から、私に、この”時”に学べよ。 と、言われているようなそんな事を、ジンジンと感じています。
       
  

      
  
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凝 縮

公私ともに私の周囲には、思想の伝達としての言葉や表現方法、そして、だらだらと時間を割く事に対して非常に厳しい人たちがいます。 話し口調も書く文章も、生来ダラダラ派の私は、このトシになっても私は、普段の会話ですら、日常的に手厳しく指摘されています。 
そんなワタシには、近年の携帯メールやTwitterみたいに、伝えたい事を、できるだけ短く凝縮させる表現方法は、非常に斬新で刺激的で、参考になっています。なかなか直りませんが、ダラダラ派の私も、日常会話の相づちですら、慎重に、的確に、余計な事は発せずに手短に。を、とりあえず心がけるようになりました。

先日、小さな集まりで、ある公人が、だらだらとした挨拶の後半で、明らかに”ふさわしくない発言”を、2度繰り返しました。
その瞬間、聞いていた私は、ハッと息を飲み、あたり見渡したのですが、私の見える範囲での他の参加者は無反応でした。それもそのはず、誰も聞いてないのです。もしかして目を開けていた人の耳には響いていたかもしれませんが、雑音状態で響いていたのでしょう。
その問題発言の如何ではなく、結局私の中で思い及んだのは、ダラダラと発言し、説明しても、良いことも悪い事も何ひとつ伝わらない、つまり、ダラダラは、単なる時間のムダに終わる。 ということでした。

自分から発する言葉、文章は、相づちに至るまで全て想いを託した”凝縮”したものでないと、いい加減にダラダラ流していては、意味がなく、自分と相手の時間のムダなのです。 想いを凝縮させて的確に、簡潔に発信する ということは、私には不得意分野ではありますが、周囲に厳しく指摘される人たちがいる事に感謝しつつ、日々心がけたいと思います。
       

。。。。。。。。。。。。。。北比良の春
         
         
   
   
       
    
   

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先へのステップ

illust3774_thumb.gif オリンピック強化選手への暴力等があった監督が釈明として、「才能ある選手が、自分の中で壁を作っている。その壁を取り除いてやりたかった」と言ったのが、主旨とは全く関係なく、私にはとても新鮮でした。
・・・そっか!!! オリンピック選手のように能力に長けていて、無限に可能性があるかのように思える若い人達ですら、自分の限界の壁を、自ら作ってしまいがちなんだ!壁は取り除くものなんだ!!! と、妙に新鮮で、私自身が前に進むきっかけになったように思います。
その瞬間思いました。・・私は年齢とともに、自分で勝手に限界とか障壁をどんどん作って、出来ない事・しない事を、ムダに増やしてきたな・・・と。
同級生に久しぶりに会ったりすると、体力・能力の衰え等を、慰め合い・年齢のせいにして、ヘンに安心したりしていましたが、それは、少しでも残っているかもしれない自分の可能性や能力の芽を、自ら摘み取っていたのかもしれません。

これらの事を感じていた時を同じくして、家族からの情報とアドバイスもあって、私は、これまで挫折していた勉強を再開することにしました。
現在1カ月が過ぎたところで、生活リズムに無理なく勉強時間が馴染んできて、以前と違い、苦にもならず、順調なスタートが切れた感じです。
オリンピックではありませんが、4年後の目標も明確で、続きそうな気がしています。 40才を過ぎてからこれまで何度も「こりゃ私には難しすぎる」とすぐに放り出していただけに、自分でも不思議に思えてなりません。 振り返れば、最初から「仕事があるので毎日は勉強できないし・・・」から始まって、「この年でたくさん暗記するのは無理だから・・・」等と、学ぶと言うより、”心の壁づくり”に専念していたように思います。

私が今後確実に、4年後の目標に突き進むかどうかは私にもわかりませんが、いずれにせよ、「自分には無理だと思う心の壁を取っ払う!」という考えにピンときた自分を大事に、今は、自分自身の向上の為に、学んで先へのステップにしたいと思っています。
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プロフィール

松岡 かわらん

Author:松岡 かわらん
 性 格
 ・まぢめで几帳面なB型

 本 業
 ・かわら関係

 モットー
 ・仕事・食べる事・音楽・愛す
  る事を通して人生の素晴らし
  さを体感する

 好きな言葉:
Mens bene discendo alitur  
心はよく学ぶことによって培われる   
 ・ノーブル・メティエ(高貴な職)
 ・Misson(ミッション)

 座右の銘
 ・「貧乏ヒマなし」

 趣 味
 ・瓦 と ラスチコ 

 特 技
 ・倹 約

 はまっていること
 ・健 康 ・血糖値

 嫌いな言葉
 ・内 臓 脂 肪

心に残る言葉

 ①「真 珠」
 身につけたいと思う「真珠」
 は、日々の生活の中に浸入し
 てくる”異物”の一つひとつ
 を排斥することなく、しっか
 りと心の中に受け容れ、あた
 ためてゆくことによって生み
 出される「真珠」なのだ。

 ②「咲 く」
 神が植えてくださったところ
 で咲きなさい。
 仕方ないと諦めるのではなく
 ”咲く”のです。
 ”咲く”ということは、自分
 が幸せに生き、他の人も幸せ
 にする ということです。

 ”咲く”ということは、
 周囲の人に、あなたの笑顔が
 私は幸せなのだということを
 示して生きるという事です。
 神が私をここに植えて下さっ
 た・・・それは、すばらしいこと
 であり、ありがたいことだ。
 と、あなたの全てが、語って
 いることなのです。    

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